大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 平成6年(行コ)2号 判決

熊本県八代市日置町一二六番地六

控訴人

田上秀逸

右訴訟代理人弁護士

三浦宏之

熊本県八代市花園町一六番二号

被控訴人

八代税務署長 池田隆至

右指定代理人

菊川秀子

土井健

小松弘機

山崎省典

松岡博文

徳田実生

亀井勝則

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が平成元年六月二八日付けでした控訴人の昭和五九年分及び昭和六〇年分の所得税についての各決定処分及び無申告加算税の各賦課決定処分(昭和五九年分については平成元年一二月六日付け異議決定により一部取り消された後のもの)をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  本件事案の概要及び争点

1  本件は、控訴人が昭和五九年中及び昭和六〇年中にした株式売買によって得た所得が、昭和六三年法律一〇九号による改正前の所得税法(以下、単に「法」という。)九条一項一一号イの継続的取引から生じた所得に該当するか否かが争われた事案である。

2  原判決三頁目九行目から五頁目九行目までに摘示の事実は当事者間に争いがない。

3  法及び昭和六二年政令三五六号による改正前の同法施行令(以下、単に「施行令」という。)は、有価証券の譲渡による所得については営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得のみを課税の対象とすることとし(法九条一項一一号イ、施行令二六条一項)、施行令二六条一項は、その認定基準として、有価証券の売買の回数、数量又は金額、その売買についての取引の種類及び資金の調達方法、その売買のための施設その他の状況に照らして判断するものとしているが、同条二項は、当該年中における株式等の売買の回数が五〇回以上であり、かつ、その売買した株数等の合計が二〇万以上であるときは、右取引は営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得とする旨規定して、右判断についての形式的基準を設定している。

4  控訴人の昭和五九年及び昭和六〇年中の株式の売買数量はいずれも二〇万株を超えているから、本件の最大の争点は、右各年中の控訴人の株式売買の回数が五〇回以上であるか否かである。

この点につき、被控訴人は、原判決別表二の1ないし3、同別表三の1ないし3の「注文」欄記載のとおり控訴人からの注文があったものであり、「被告の主張する売買回数」欄記載のとおり昭和五九年分については六二回、昭和六〇年分については六九回であったと主張するのに対し、控訴人は右各表の「原告の主張する売買回数」欄記載のとおり昭和五九年分については三九回、昭和六〇年分については四四回である旨主張し、その理由として同表の「原告の主張の要旨」欄記載のとおり主張する。

三  当裁判所の判断

1  顧客が証券会社に委託して株式等の売買を行った場合における売買の回数は、証券会社が当該委託に基づき行った取引に係る銘柄数又は取引回数のいかんにかかわらず、証券会社との間の委託契約毎に一回と算定されるべきものであり(所得税基本通達9-15(証券会社に委託して行った株式または出資の売買の回数。甲三〇号証)、この点は当事者間においても争いがない。

2  ところで、右委託契約の個数の算定は畢竟当事者の意思解釈の問題であるが、一般的には、株式の銘柄、値段、数量、売付けと買付けの別、注文の有効期間等を要素とする顧客からの注文の回数に帰一するものということができる。そして、これらの要素を異にすれば原則として別個の注文と認められるし、また、注文の日時が異なるときは別個の注文と解されるのは当然である。

もっとも、売買回数の算定については、売買回数の取扱いに関する個別通達(昭和四六年一月一四日付け直審(所)2、直所1-1。甲二九号証)が発せられており、これによれば、委託の際に証券会社から交付を受けた注文伝票総括表(顧客から一括して二以上の銘柄の注文があった場合及び一銘柄の注文を受けてその執行が日を異にして二回以上にわたることが予め明らかである場合において、受注後、顧客の請求があった場合に遅滞なく作成すべきものであり、注文毎に、売り買い別に作成する。)に記載された内容にしたがって行われている取引は一の委託契約に基づく取引とみることとされているが、昭和五九年ないし昭和六〇年当時、新日本証券熊本支店においては注文伝票総括表が作成されることはなかった(この点は当事者間に争いがない。)から、同支店を通じて株式売買をしていた控訴人の場合には、結局、前記原則に基づいて算定されることにならざるを得ない。

3  しかして、同支店においては、顧客から株式等の売買委託の注文を受けた営業担当者が、その都度、売り買い別及び銘柄毎に別個の用紙で株式委託売付(もしくは買付)注文伝票を作成し、その注文伝票をもとに、支店に設置された端末機から本店株式部のコンピューターに顧客の注文内容を入れ、本店株式部の担当者がその注文を証券市場に送り、顧客の注文内容に従って取引を行うこととされており、注文伝票の右下部分には「注約No.」ないしは「注文No.」という欄があるところ、同欄の数字の下二桁は本店株式部のコンピューターが支店からの注文を受け付けた日付を表し、その余の数字はその日に本店株式部のコンピューターから本店及び全支店からの注文を受け付けた一連番号を付することになっている(乙三号証、一一号証、打越証言)。

右注文伝票は証券会社に関する省令(昭和四〇年大蔵省令第五二号)一三条に基づき証券会社が作成を義務づけられた法定帳簿であり、顧客名、銘柄、数量、指値又は成行の別、取引の種類、受注日時、約定価格等を記載し、日付順につづり込んで保存することを要するものとされている(乙五号証)。

このような注文伝票の性格や作成目的、その記載内容及び作成方法等に鑑みれば、注文伝票は顧客からの注文の回数を正確に反映しているものと認めることができるから、委託の回数は注文伝票が作成された回数を基礎に算定するのが相当である。

4  ただし、注文伝票が作成された回数に基づいて委託の回数を算定するについては、次の諸点に留意しなければならない。

(一)  売り又は買いの注文が同一機会における一括のそれである場合には、たとえ複数の伝票が作成されていても一個の注文とみるべきである。この点は、注文伝票総括表の作成に関する前記個別通達の趣旨からして当然である。

(二)  一つの注文の一部についてのみ売買が成立したという場合にはいくつかの問題がある。

(1) この場合においても、注文伝票の「出合指定」欄に出合区分の記載がない場合には、注文は当日限りである(打越証言)。

(2) 右出合区分の記載がある場合において、残りについては次の場以降に売買が成立した場合は顧客の注文は一つと見るべきである。この場合、新日本証券においては、先に売買が成立した注文伝票には「内出来」の印が押され、後に成立した部分の注文伝票の「注文株式数」欄に当初の注文株数と成立株数が分数で記載され、「注文No.」欄には前の注文伝票と同じ番号が記入されることになっている(打越証言)から、注文伝票にこのような記載がある場合には注文伝票の作成回数にかかわらず委託契約の数は一回と算定すべきである。

(3) しかし、注文伝票に「内出来」の印が押された場合であっても、注文当日の属する週の土曜日までに残余部分につき売買が成立しなかった場合には当初の注文は終了し、出合注文として残った未出来部分をなお維持する場合には、翌週以降に新たな注文が必要となり(打越証言)、これにより売買が成立したときは新たな注文による売買となる。

(4) さらに、一つの注文の一部についてのみ売買が成立した後、執行条件が変更され、その結果、当初予定していた株数の売買が成立した場合には、執行条件の変更により新たな委託があったものと見るべきである(前記所得税基本通達によっても、委託契約の内容につき重要な要素の変更が行われたときは、その変更のときに別個の委託契約が締結されたものとされている。)。

5  以上に対し、控訴人は、注文伝票は証券会社の内部書類にすぎず、その正確性についても、疑問なしとしないから、注文伝票のみによって注文回数を算定し、ひいては委託回数を算定することはできないと主張し、顧客勘定元帳によって取引回数を算定すべきであると主張する。

そして、打越証言によれば、注文伝票の「受注」欄の日時の記載が注文を受けた時間になされていない場合もあるというのであるが、具体的に本件の注文伝票(乙一号証の一ないし六七、二号証の一ないし七一)のどれについてどの点が正確でない記載であるのかという指摘がない以上、右の点のみをもって注文伝票全体の記載が信用できないなどとすることはできない。なお、本件の注文伝票の中には、「注文No.」欄の注文日(同欄の下二桁)と「受注」欄の日が一致しないものがあるけれども、右は概ね証券市場が引けた後に注文を受けた場合において「注文No.」欄の注文日がその翌日になっているにすぎないから、この点をもって注文伝票の記載の信用性を否定することもできないものというべきである。

また、顧客勘定元帳が、注文伝票に基づいて市場に注文を入れた結果等を集計していく二次的性格のものであることに鑑みれば、注文伝票によらずに顧客勘定元帳によって売買回数を算定すべきであるとの控訴人の主張も採用することができない。

6  そこで、控訴人の株式売買に関する注文伝票である乙一号証の一ないし六七、二号証の一ないし七一により、前記4の諸点について留意しながら売買回数を算定すると、被控訴人主張のとおり昭和五九年分が六二回、昭和六〇年分が六九回となる。

すなわち、昭和五九年分については、別表二の番号22と23(乙一号証の二二、二三)、34と35(同号証の三八、三九)、53と54(同号証の五三、五四)、65と66(同号証の六五、六六)は、いずれも注文日時が同一であるので一括売り又は買いと見られる。また、番号11(同号証の一一)と31(同号証の三一)はいずれも内出来ではあるが、出合指定がないために当日限りとなるものである。

昭和六〇年分については、別表三の番号22と23(乙二号証の二二、二三)、30と31(同号証の三〇、三一(ただし、受注時間について訂正がある。))は、いずれも注文日時が同一であるので一括の売り又は買いと見られる。また、番号24(同号証の二四)は内出来であり、番号64(同号証の六四)も内出来ではあるが、出合指定がないために当日限りとなるものである。なお、番号67と68は内出来の関係にあるが、68が67の受注日(一二月一九日)の翌週になるために新たな注文と見られるものである(同号証の六七、六八)。

そうすると、控訴人の右両年中の株式売買は施行令二六条二項に規定する形式的基準に該当するから、控訴人の各年分の株式売買による所得は法九条一項一一号イに規定する所得として課税の対象となることは明らかである。そして、控訴人が営業として有価証券の取引を行っているとは認められないから、右所得は所得税の課税対象となる雑所得に該当することになる。

7  以上の点と前記二の1の当事者間に争いのない事実を総合して考察すれば、本件決定処分は適法であり、また、本件決定処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実は国税通則法六六条一項ただし書に規定する正当な理由がある場合に該当しないことは明らかであるから、本件賦課決定処分も又適法である。

そうすると、控訴人の本訴請求は理由がないからこれを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鍋山健 裁判官 西理 裁判官 和田康則)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例